2017.6 ハワイ16 アートなハワイ州庁舎、そして 悲劇の女王リリウオカラニ像

 

こんにちは! お越しいただきありがとうございます。

2017.6ハワイ16  到着日その14 いきます。

 

ハワイ州庁舎と その周辺

 

さて、それじゃあ ハワイ州庁舎の脇に回って ハワイに因んだデザインを確認してみよっと。

なかなかアートなんだよね、この州庁舎。

まず気づくのが 椰子の木を模った柱だ。さりげなくて素敵だな。

建物を囲む池は、ハワイを囲む太平洋を表してるんだって。

 

96 州庁舎 (2)

 

 

 

そして 脇に回って初めて発見できるのは、建物の火山をデザインした部分。

 

95 州庁舎 (2)

 

 

 

それと前にもお見せした建物内部の吹き抜け部分、船の先端のデザインだったね。

 

州庁舎 吹き抜け

 

 

 

このアートな州庁舎は、実は こんな心地よい緑に囲まれて建っているのだ。

 

94州庁舎 (2)

 

 

 

最後に 建物の裏手に回って、ハワイ王朝 最後の女王リリウオカラニさんに御挨拶しよう。

リリウオカラニ像は、生花のレイをかけられ 左手には 自身作曲の『アロハ・オエ』の楽譜など3つの書を持って私たちを迎えてくれた。

 

71リリウオカラニ

 

前にプリンセス・カイウラニのお話を書いたときには、リリウオカラニ女王の事はあんまり好印象な人物に書けなかったんだけど、お怒りだったりしないですよね?

おばさんの柔軟な処世術(八方美人ともいう‥)で 今回は リリウオカラニ女王を おおいにフォローしておきたい。というか、調べるうちに この方にも すこぶる共感してしまった。

 

1838年生まれ、幼いころから好奇心旺盛で活発な お転婆お姫様だったというリリウオカラニ。王族のための学校で英語や音楽などの西洋っぽい教育を受けるが、ハワイの島々の史跡や自然をめぐるのが大好きだったという。

 

22歳でアメリカ人のジョン・ドミニスと結婚。兄のカラカウアが王に選ばれると、王位継承者として政権にも携わった、仕事と家庭両立のスーパーレディーでもあったのだ。

カラカウア王がなくなると、王位につき「ハワイアンのためのハワイ」を主張し実現しようとしたが、クーデターなどを経てハワイ王朝は崩落。 女王は、イオラニ宮殿に8か月間 幽閉されたのち、一般市民として余生を送った。

 

彼女が作った「アロハ・オエ」は一見 恋人との別れの歌だが、深い意味では 彼女が愛してやまず、守ろうとして守り切れなかったハワイ王国とハワイの民への思いをうたったものだろう。

唯一の救いは、晩年、変わりゆく母国を眺めつつも、旧女王として人々に敬愛され過ごしたことかな。

 

 

追記

リリウオカラニの持つ3枚

 

リリウオカラニ像が持ってる あと2つの書は、女王に就任した時 王政とハワイ原住民の力を強めるため公布しようとした独自の憲法と、退位後1897年に自身で英訳して世界的に知らしめたハワイの創世神話クムリポだよ。やっぱり、エネルギッシュな女性だな、リリウオカラニ女王。

 

次は リリウオカラニ像の後ろにある、彼女ゆかりの場所イオラニ宮殿に向かいます。

 

 

 

2017.6ハワイ17  到着日その15 に続きます。

Mahalo

 

 

 

 

 

 

 


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