2016.12 ハワイ20 ハワイ王朝末期の王女、プリンセスカイウラニを偲ぶ

 

こんにちは。

今日は 宿泊ホテルにゆかりの カイウラニ王女について書こうと思っていたら、

奇しくも今日5月6日は、カイウラニ王女の命日でした。

(ごめんなさい、王女が亡くなられたのは、3月6日の間違えでした。)

 

彼女は、ただの南の島のお姫様では、ありません。

プリンセス・カイウラニの人生を知ったら、今とは違う思いでハワイの地を歩くことになるかもしれません。

(と いうものの、共感していただけるように書けるかな)

2016.12ハワイ20 二日目その8です。

プリンセス・カイウラニ

 

ワイキキに戻った私たちは、次の予定までホテルで休憩しようと、宿泊先のシェラトン・プリンセス・カイウラニへ。

 

このホテルのフロント奥の壁は、沢山のカイウラニ王女の写真を組み合わせたセピア色のコラージュで できています。幼少期の可愛らしい面影、成長してからの美しい姿、とってもチャーミングな王女様。

ロビーには肖像画も飾られており、このホテルが他にはない特別な場所にあることを印象づけています。

 

カイウラニ王女は、1875年10月16日、カラカウア王の妹ミリアム・リケリケ王女と、スコットランド人アーチボルト・クレグホーンの間に生まれ、すぐにカラカウア家の養女となりました。

 

彼女に与えられたアイナハウ(ハウツリーの土地)と呼ばれる地に、父クレグボーンが 家族のため 2階建ての家を建てたのです。

カイウラニ王女は、そこで幸せな幼少時代を送ったといわれます。

 

プリンセスカイウラニホテルが建つのは、そのアイナハウの入口付近だそうです。

 

スタチューカイウラニ

 

カイウラニ通りには、上の様なカイウラニ王女の銅像もたっていまよ。

 

余談になりますが、この銅像の様な優雅なシルエットのロングムームードレスが「カイウラニ ファッション」と称してネットで販売されてて、びっくり。

こんな素敵な王女様には、あやかりたくなりますよね。

 

 

もう1つのびっくりは、

1881年、カラカウア王に連れられて当時6歳のカイウラニ王女は、なんと日本を訪れていたらしいのです。

 

その時、王は 明治天皇に13歳の天皇の甥とカイウラニの縁談を申し出たそうです。

ハワイにおける欧米人の勢力が強まる中 日本との縁を深めることで、カラカウア王は 王朝の存続を守りたかったのでしょう。しかし、明治天皇は「明治新政府にそこまでの余力はない」と、申し出を断ったといいます。

 

その時にでも贈られたのでしょうか、カイウラニ王女がアイナハウの庭で日本の着物と和傘のお茶目な感じの写真がありました。

 

 

1889年、13歳のカイウラニ王女は、身の安全を守るため カラカウア王の指示で父クレグボーンを伴い、島を離れイギリスに留学します。

カイウラニは、イギリスで音楽、語学、歴史、文学などを学び才色兼備の王女として成長しますが、そのうちにも祖国では、君主国家に反発する白人とハワイアンの争いが続いていたのです。

 

王女の留学中にカラカウア王は逝去し、王の妹リリウオカラニが女王として即位すると、1893年、クーデターが起き、暫定政府がハワイ共和国の樹立を宣言、ハワイ王朝は滅亡の危機に。

 

この知らせを受けたカイウラニ王女は、即決して、イギリスからワシントンに向かいます。そして、クーデターの不当性とハワイ王朝の存続を訴えるのです。

王女18歳の時です。

 

「野蛮人の王女が来る」と待ち受けていたアメリカのマスコミは、カイウラニ王女の美貌と教養ある発言に 驚かされます。

王女の登場でマスコミの大多数は、ハワイ王朝の味方となったといいます。

 

当時のクリープランド大統領に、米国軍クーデターの徹底調査を約束させた王女はイギリスへ戻ります。18歳ですからね。あっぱれですよね。

 

その後の調査により、クーデターの犯罪性が認められ、王朝復活の兆しがありましたが、首謀者に対し寛大な処置を認めることを拒んだリリウオカラニ女王と、交渉が成立せず 王朝復活は成りませんでした。

 

暫定政府にも人気のあったカイウラニを女王にという声もあったようですが、

それゆえにリリウオカラニに、気を使ったカイウラニ王女は、なかなか祖国に戻ることもできなかったようです。

 

1897年、ようやく8年ぶりに愛する祖国に帰国することができたカイウラニ王女。

しかし、その2年後、1899年5月6日 友人の結婚式のためハワイ島に出かけたカイウラニは、乗馬の途中 嵐に遭い 風邪をこじらせ亡くなってしまったそうです。

23歳、若すぎる死でした。

 

カイウラニの椅子

 

この石のベンチは、アイナハウのバニヤンツリーの下にあった物で今はプリンセス・カイウラニホテルの正面玄関付近に移されています。

 

あの「ジキル博士とハイド氏」や「宝島」の作者ロバート・スチーブンソンが旅の途中ハワイを訪れた時、王族の人たちと懇意になり たびたびアイナハウを訪れたとか。

カイウラニ王女は、このベンチでスチーブンソンの冒険物語を聞き一緒に庭園を散歩しクジャクに餌をやる時間をとても楽しみにしていたそうです。

 

アメリカやハワイ王朝に翻弄されたとも言えるカイウラニ王女の短い人生。

そんな ほのぼのとした幸せな時間があったんだと思うと、なんだか救われますよね。

 

シェラトン プリンセス カイウラニ ホテルの記事はこちらです。

 

 

 

2016.12ハワイ21 二日目その9に続きます。

Mahalo

 


 

 


 

 


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